(B02)羽化の瞬間
2020.07.09配信
私は2014年5月、宮崎県日南市宮浦の旧鵜戸小前に鬼束達朗さんを訪ねました。それは5月9日の宮崎日日新聞に「アサギマダラひらひら」という見出しで鬼束達朗さんが紹介されていたからです。
海を渡ってくる唯一の蝶であるアサギマダラを撮るために、それ以来、年に何回も訪ね、ご友人の長友治さんと共に『写真短歌の魅力と作法』の中で紹介させて頂きました。
さて、今回のシリーズでは、鬼束達朗さんのご友人の長友治さんに頂いたツマベニチョウの蛹を私の自宅で羽化させた時のことを取り上げます。次の写真は、2016年3月5日に頂いてから1週間経った時の様子です。
それから約2週間後の様子が次の写真です。チョウの翅(はね)の模様がはっきり分かります。この日は日曜日。「羽化は夜」と教えられていましたので、今夜は羽化の瞬間を撮れるのではないかと期待しつつ、蛹を置いた部屋から離れて昼食を取りました。
なお、三句で使っている「積算」は、日髙敏隆『春の数え方』(新潮文庫、2007年)を参考にしました。次のように書いてあります。
生きものたちは、この揺れ動く気温の毎日、毎日に反応するのではなく、それを積算しているというのだ。それもただの積算ではない。ある一定温度より低い、極端に寒い日には、その温度は数えない。この一定の温度は発育限界温度と呼ばれている。
昼食を済ませて1時間ほどで蛹のいる部屋に戻ってみると、畳に液体が落ちているのが目に留まりました。既に羽化して自分の抜け殻に掴まっているではありませんか。
休日の昼間の羽化という、めったにない撮影チャンス、その瞬間を逃してしまいました。昼間に羽化したのは、夜も観察して遅くまで明りを点けていたので、体内時計を狂わせてしまったのかもしれません。
なお、結句で「また見逃せり」と詠んでいるのは、別の個体の最初の羽化に続いて見逃したからです。
以下は、私にとっては「ちょっとした発見」でしたが、文章に従って上の写真を見比べる必要があるため、スマホでは分かりにくいようです。申し訳ありません。
蛹や羽化後の蝶の背景にある黄色や薄い赤の模様は何だと思いますか。これは、羽化後の吸蜜用に置いたマーガレットの花です。羽化の翌朝には放蝶したので、吸蜜用の花は不要でしたが、撮影の際の背景として役立ってくれたのは想定外のことでした。
また、羽化直前の綺麗な模様は、羽化後の写真に見当たらないのは何故でしょうか。そして、羽化して下がっている写真には、翅の中央の上から下に太い一本の筋があり、これは何でしょうか。
気になり、考えてみました。羽化直前に見えている綺麗な模様は羽化後に翅を拡げた時に見えるもので、羽化後に下がっている時は翅を閉じていて翅の裏側しか見えないから綺麗な模様は見えない。
また、蛹の時は翅を折り曲げた状態で育ち、羽化後に翅を伸ばすので、その痕跡が中央の太い筋。私の推測は如何でしょうか。
なお、「(5)船が動き出す瞬間」のコラム1で取り上げた「先行オーガナイザー」は、この羽化で言えば、教えられていた「羽化は夜」という知識です。「羽化は夜」という知識が誤っていたという訳ではなく、前提となる蛹のいる環境が異なっている点(夜も遅くまで明りを点けていたこと)を私が考慮していなかったということです。
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